<富士フイルム・スタジオアリス女子オープン 事前情報◇8日◇石坂ゴルフ倶楽部(埼玉県)◇6580ヤード・パー72>ひさしぶりに再会した同郷の先輩と一緒に回るラウンドは、懐かしく、楽しい時間となった。「ジュニアの頃、練習ラウンドを一緒に回ってくれていて。いい意味で全然変わらないですよね。ずっと優しい」。岡山県出身のルーキー・佐田山鈴樺も、今週、渋野日向子が帰ってくることに胸を躍らせていたひとりだ。
2000年6月5日生まれの佐田山にとって、1998年11月15日生まれの渋野は2学年先輩。8日には、練習ラウンドをともにした。「練習ラウンドをどうしようかなって考えた時に、『今週、日向子ちゃんがいるじゃん』と思って、すぐに連絡をしました。もし空きがあったら入れて欲しいですってお願いしたら、『全然いいよ』って。快く入れてもらえました」。佐田山は7日(火)時点でウェイティング(待機選手)1番手。まだ出場が確定していない状況で、出場権がおりてくることに備え、火曜日夕方に岡山から埼玉へ移動していた。そして8日朝、出られることが決まった。渋野と大里桃子と回ったラウンドは、終始恵、笑顔の時間となった。「今週は出られないと思っていたから(火曜日に)トレーニングをめいっぱいして筋肉痛でした」と球こそ散って苦笑いを浮かべたが、「今週は急きょだったから初めて(試合会場に)一人で来て、キャディもハウスキャディさんにお願いした。普段とは少し違うドキドキがあった。でも日向子ちゃんと一緒に回らせてもらって、安心感がありました」。いつの間にか緊張もほぐれていた。佐田山にとって渋野は、同郷の先輩以上の存在だ。「日向子ちゃんは覚えているか分からないですけど」といって、こんなエピソードを明かす。小学校6年生の頃、ゴルフを辞めようと決心したことがあった。たが、すでにエントリーしていた試合があったため、父から『これに出てから辞めればいい』と言われ参加。そこで優勝した。すると、同じく出場していた当時中学生の渋野から『もうちょっと続けようよ』と声をかけられ、翻意した過去がある。「それで今がある。あの一言があったから、今もゴルフを続けられてるんです」。いわば、ゴルフ人生を救った恩人だ。7度目の挑戦で合格した昨年のプロテスト後にも、祝福のメッセージをもらった。さらには、こんな“縁”も加わった。日本女子プロゴルフ協会(JLPGA)に入会するためには、在籍5年以上の会員2人に推薦人になってもらう必要があるのだが、そのひとりを渋野にお願いした。昨年11月「大王製紙エリエールレディス」に出場するため帰国していた先輩に書類にサインしてもら時、佐田山は予定が合わなかったため、父に愛媛まで行ってもらった。「どうしてもあのサインを日向子ちゃんにしてもらいたくて。きょうお礼が言えたのでよかった」。ようやく直接、感謝を伝えることもできた。これが今季5戦目。ここまでの4試合はすべて予選落ちという結果に終わっているが、徐々にツアーにも慣れてきているとも感じる。「最初の試合は全然、歯が立たないっていう感じだったけど、(直近2試合の)宮崎と静岡は手応えがあるゴルフができていたので すごく悔しかった。先週は、カットラインまで1打足りなかったけど、調子は上がってきてるし、次につなげられるように」。周囲の人たちは、『まだ1年生なんだから』と焦る気持ちを抑える言葉をかけてくれるが、それも支えになっている。お互いにいい位置でプレーし、この試合中に渋野と同組になれたら…。「最高ですね」とニッコリ笑う。「あまり下ばかり向いてられない」。ようやくたどり着いたプロのコース。そこで先輩に挑んでいく。(文・間宮輝憲)
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