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尾崎将司さんはプロボウラーになっていたかも? 歌手の松山千春さんが語る素顔「ジャンボが踊るんです」

昨年12月23日にS状結腸がんのため死去したジャンボこと尾崎将司(本名:尾崎正司)さんのお別れ会が16日、都内のホテルで開かれた。式典には発起人代表の青木功ら約1000人が参列。ゴルフ界、野球界の関係者らに加え、30〜40年来の親交がある歌手の松山千春さんも出席した。

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8歳年下の松山さんだが、「俺の方が全然若いけれど、こういうタイプですから」と、親しみを込めて尾崎さんのことを「ジャンボ」と呼び続けてきたという。この日は「やっぱり何があっても来なきゃいけない」と、北海道から駆け付けた。プロゴルファーと歌手という異なる世界に身を置きながら、プライベートでの付き合いは長く、深かった。「トーナメントではとんでもない記録も記憶も…男子プロゴルフ界の歴史を変えるような男でした」。そう話しながらも、松山さんが思い浮かべるのは、プロゴルファーではない“素顔”の尾崎さんの姿だ。「飯を食ったり、カラオケにもよく行った。カラオケが好きで、演歌、歌謡曲、いろいろ歌った。2人で歌ったり、皆さん信用できないかもしれないけれど、俺が歌ってジャンボが踊るんです」。北島三郎さんの『山』という曲に合わせて踊る姿が、鮮明に思い出される。尾崎さんはプロ野球西鉄ライオンズ(現西武)の投手として入団し、在籍3年で現役を引退した。そしてプロゴルファーに転身。プロ113勝(国内94勝)という前人未到の記録を打ち立てた経歴を持つ。松山さんは「野球以外にはゴルフとボーリングをやっていて、プロゴルファーになるか、プロボウラーになるかいろいろ考えた末、プロゴルファーになったらしい」と驚きの裏話を明かした。「それが大成功というか。とんでもないプロゴルファーを生んでくれたことに感謝しています」。そして、青木、中嶋常幸の“AON”や倉本昌弘とも親交のある松山さんは、「そのなかでもジャンボは最高のプロゴルファーだった」としのんだ。

<ゴルフ情報ALBA Net>

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