今週の米国男子ツアーはザ・アメリカンエキスプレス。戦いの舞台は米西海岸へ移され、カリフォルニア州パーム・スプリングスのPGAウエストで熱戦が繰り広げられた。
最終日を首位タイで迎えたのは28歳のスペイン人、ジョン・ラームと23歳の米国人、デービス・トンプソンだった。ジョージア州出身のトンプソンは地元のジョージア大学在学中に世界アマチュアランキング1位に輝き、将来を嘱望されながら2021年にプロ転向。昨季のコーンフェリーツアーで1勝を挙げ、今季から米国男子ツアー参戦を開始したばかりの新人だ。父親トッドは州内では有名なゴルフ・インストラクター。「デービス・ラブの大会」として知られるRSMクラシックのトーナメント・ディレクターも務めている。その息子として育ったトンプソンはサラブレッド的な存在として周囲から一目も二目も置かれていた。トンプソン自身、「大学時代、僕は周囲と交流することは、ほとんどなかった。社交的なことをする時間を犠牲にしてでも、ゴルフだけに没頭してきた」と振り返った。人生のすべてをゴルフに捧げる姿勢をトンプソンはラームから学んだと言う。「米国男子ツアーにデビューして、すぐに初優勝したジョンは常にゴルフだけを見ている。黙々とゴルフをしている。そういうジョンの姿をテレビで眺め、彼こそが僕の手本だと思った」。憧れのラームとともに最終組で戦うことになった最終日。「ジョンと一緒に回るのが何より楽しみ。失うものは何もない」と、トンプソンは目を輝かせていた。いざ、サンデー・アフタヌーンを迎えると、ラームは2連続バーディのロケットスタートを切り、早々にリードを奪ったが、トンプソンも怯むことなく必死に追走していた。そんな2人の勝敗を分けたものは、イーグルやバーディの数ではなく、どこでどんなミスをしたか、しなかったかという「ミスの差」だった。初優勝を目指していたトンプソンは、ここぞという場面でどうしても力が入り、攻めどころのパー5である5番ではティショットを池へ、16番ではフェアウエイ・バンカーへ入れ、がっくり肩を落とした。一方のラームも13番(パー3)では短いパーパットを外してボギーを喫し、トンプソンに再び並ばれた。だが、それは「今日の僕の唯一のミスだった」。ミスを最小限に抑えたラームは、ミスをおかした直後の14番、15番をしっかりパーで収め、トンプソンがティショットをミスした16番では2メートルのバーディパットを着実に沈めて1打リードを奪った。最終ホールの18番ではラームのティショットがフェアウエイ・バンカーに転がり込み、フェアウエイを捉えたトンプソンにチャンス到来と思われた。しかし、トンプソンはグリーンを外し、ラームはバンカーから見事ピン5メートルへピタリと付けて、右手の拳を何度も握り締めた。そんなラームの無言のガッツポーズから、メジャー・チャンピオンの自信と強さがひしひしと伝わってきた。先にパーパットを沈め、勝利を決めたラームは、拍手喝采を送ってくれていた大観衆に向かって両手を挙げ、トンプソンのパーパットが終わるまで「ちょっと待って」のジェスチャーを取った。それは、通算9勝目を挙げたラームから惜敗したトンプソンへの「よく頑張ったね」という慰労と「キミの初優勝は近い」という激励を込めた動作だったのだと思う。ホールアウト後、トンプソンの彼女とおぼしき女性が走り寄ってきた。若い2人の数秒間の無言のハグには「残念だった」という悔しさと「よくやったよ」と健闘を讃える想いが入り混じっていたのだろう。だからこそ、2人は無言だったのだろう。ラームは2週前のセントリー・トーナメント・オブ・チャンピオンズで大逆転勝利を飾ったばかりで絶好調だ。そんな世界ランキング4位の熟練選手を相手に、最後まで堂々と渡り合ったトンプソンのプレーぶりは、ルーキーの初めての優勝争いとしては、本当に大健闘だった。今週のロッカールームでトンプソンのロッカーの扉には「デービス(Davis)」ではなく「デビッド(David)」と記されていた。アマチュア時代は誰もが知る有名選手でも、ひとたび米国男子ツアーに来れば、誰もが無名の新人から走り始める。「今日、僕にとって一番の収穫は、ジョン・ラームと同組で回れたことだ」ラームから学んだこと、得たものを、これからトンプソンがどう生かしていくのか。若き敗者のこれからの成長が楽しみである。文/舩越園子(ゴルフジャーナリスト)
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