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35歳の決断 有村智恵はなぜSNSで『妊活』を発表したのか?「細かく言うのも嫌だし、嘘もつきたくない」

有村智恵のInstagramに上がった1本の投稿がファンに衝撃を与えた。

今シーズン、メルセデス・ランキング61位でシードを喪失した有村。その最終戦から4日後の11月24日、自身のInstagramで「2022年シーズン温かいご声援ありがとうございました」とファンに向けて投稿した。続いて「来週のファイナルQTは受けずに来年は少し試合をお休みしようかなと思っています。理由は、妊活に専念するためです」とつづったのだ。ファイナルQTに出ないということは、来季のツアーに出場する意思がないことを意味する。

10歳からゴルフを始め、06年にプロテストに受かった有村も、今年11月に35歳の誕生日を迎えた。もう四半世紀もゴルフひと筋で走り続けてきたことになる。国内女子ツアーでは14度の優勝を重ね、米ツアーや米下部ツアー転戦も経験。昨年12月には一般男性との結婚を発表した。誰もがうらやむキャリアに加え、プライベートでも幸せをつかんだ。毎週のようにツアーを転戦する生活から『ちょっとお休みしようか』と考えてもおかしくない。しかし、なぜあえて『妊活』を宣言したのか。14日に「YAMAHA GOLF FAN SUMMIT 2022」に参加した本人に話を聞いた。

「正直深い意味は特になくて、あんまり細かい話をしたくなかったのが本音です」。『妊活』という2文字ですべてをわかってほしい。有村にはそんな思いがあった。「話すのと文章として残すのとでは、違うじゃないですか。文章として残すことに抵抗があったのと、自分のいまの状況を細かく言うのも嫌だし、かといって、嘘をつく話でもない。だからひと言だけ(笑)」。

QTを受けて、試合に出られる状態を残す選択は考えなかったのか。「すごい悩んだんですけども、今年1年間を過ごしてみて、試合に出る(出られる)ってなるのと、まったく出ないってなるのとでは、肉体的に精神的にもかなり変わるんです。お薬とかもドーピングに引っかかったりするので、そういう意味では物理的に試合に出られないことも多くなっていく」と、身体的に出場する試合のスケジュールが立てづらくなるのが1つの理由。

さらに、気持ち的な部分も大きい。「ゆったり過ごさなきゃいけないってよくいわれるんですけど、試合に出るってなると常に戦闘モード。ゆったりとした気持ちにまったくならないで、20年近く(プロとして)やってきた。一回そういうゆったりした気持ちになってもいいのかなって。だから潔く一回思い切って休んでみて、もし出たくなったらいつでも挑戦すればいいし、また来年のファーストQTから受ければいいと思っています」と語る。

「子どもを授かってもゴルフがしたい」。有村は今回の決断よりもだいぶ前から強い思いを持っていた。「私は基本、計画を立てないと気がすまない人間なので、もう20代後半くらいからケアとして、ずっと(妊娠をするため)病院には通っています。結婚するのは遅くなるから、将来子どもを授かるためにどうしておくべきかっていう相談をずっとしていました」と話す。

そして、今年35歳の誕生日を迎えたことも決断を後押しした。20歳前後の選手たちが活躍するツアーで戦っていても「体も元気でやれないことはないし、年齢よりも若い気持ちでいた」。ところが、病院へ通っていると現実を目の前に突きつけられた。「妊娠率は35歳からは急激に下がっていくと言われていて、『自然に授かるのを待ちましょう』って言われないんですよ。私も自然に授かればいいなと最初は思っていたんですけど、意外とギャップがあった」という。

それに、早く子どもを産んで復帰したいという思いもある。「主人は仕事をしているので、母が面倒を見られるうちに、子どもを産んでもう一回復帰したい。32、33歳くらいから(その考えが)あって、だから早く結婚しなきゃって感じでしたね」と笑う。いまは横峯さくらや若林舞衣子といった選手たちが、ママになってもツアーで戦っている。以前は結婚・出産したら事実上の引退だったが、選択肢は増えてきている。有村もそんな横峯や若林の姿に憧れはあるが、同時に慎重な考えもある。

「夢としてはさくらさんとか舞衣子みたいに、子どもがツアー会場に見に来ているなかで試合に出ると、すごくかっこいいしすてきだなと思う。かといって努力すれば叶うものでもない。そうならなくても幸せな道に進みたいなと思っています」

子どもを産んで、ツアーに復帰。文字にするのは簡単だが、険しい道であることは間違いない。ツアーに転戦しながら子育てをするとなると、これまでとは違いトレーニングや練習に時間をかけられなくなる。そこまでして有村をツアーに駆り立てるものは何なのか。やり残したことはあるのか? と聞くと、「まったくないですね」と意外な答えが返ってきた。

「モチベーションがあるわけではなくて、でもやりきったという思いもまったくない。ただ単にやりたいというか、ゴルフが楽しいし、何より常に挑戦し続けている時間が楽しかった。どうやったらゴルフがもうちょっと上手くできるかなって思いながらトレーニングをしたり、練習をしたり。それをまた試合で試して、良かった、悪かったというのが、純粋に私は楽しい」

有村にとってゴルフはまさに天職なのだろう。「私は生涯現役でいたいってずっと言い続けている」と引退の2文字は有村の辞書にはない。「自分が楽しいからこそやっているのが一番大きいので、だからやめたいっていう気持ちは1ミリもない。自分は試合に出るからには中途半端なことができないし、何の練習もトレーニングもせずに試合だけというのは性格的にできないので、それが理由でいまは休むことを決断しただけです」。

そして、“生涯現役”は有村にとって広い意味を持つ。「いまは(45歳以上の)レジェンズツアーもあります。それこそ今年は30代向けの大会(有村と原江里菜が発起人の「KURE LADY GO CUP」)を開催したのも、そういう意図もあってのことです。もちろんレギュラーツアーで一番戦いたいっていう思いはありますけど、仲間内でちょっとしたコンペをやるのも楽しみではある(笑)」と、生涯スポーツとしてゴルフを楽しみたいと考えているのだ。

ツアーを休むとなれば、来年は有村の姿をまったく見られなくなるのか。これに対しては「いつ病院に行かないといけないとか、本当に1カ月先のスケジュールまでしか立てられないので、まったくもってわからないのが正直なところです」と語る。有村ほどの選手であれば、推薦をもらってスポットで参戦するのは難しくないだろう。「出ないかもしれないのに、推薦をお願いする無責任なことはできない」とその可能性を否定しつつ、「絶対に出ませんとは言い切れないし、出ますよとも言い切れない」という。

ただ、水面下ではツアープロ以外の“お仕事”の話も来ている。「ゴルフを学ぶ立場として何かをやってみたいと思うし、お仕事をいただけるのであれば、やってみたいなと思う」と、メディア露出が増える可能性もある。「急にバラエティとか出始めるかもしれない」とも。それでもプレーする姿を見られないのは、ファンとしては寂しいところ。「皆さんがいろんな形で応援してくださっていることもわかっているので、すごく心強く感じながら、自分の思う人生を歩んでいきたいなと思っています」。この有村の決断が、女子プロの新しいロールモデルになるかもしれない。

<ゴルフ情報ALBA.Net>