PGAツアーのレギュラーシーズン最終戦「ウインダム選手権」最終日。スコアを一気に9つ伸ばし、2位に5打差をつけるトータル20アンダーで快勝した韓国出身のキム・ジュヒョンは、表舞台に突然登場し、話題と注目を独占した。その様子はまるで、シンデレラボーイだ。
昨年のアジアンツアー賞金王。PGAツアーでは、まだ正式メンバーになる前段階のスペシャル・テンポラリー・メンバー資格のまま、スポンサー推薦を得て今大会に臨んだ。
初日の1番パー4で、いきなり「8」の大叩きを喫したが、「僕は笑い飛ばし、『たった1ホールの出来事だ、まだアンダーパーは出せる』と自分に言い聞かせた」。その言葉通り、初日を「67」で回ると、2日目は「64」、3日目は「68」、そして最終日は「61」の快進撃で堂々の圧勝だった。
「クアドラプルボギーから始まった4日間なのに、それでも優勝できたなんて信じられない」。キムは夢見心地でそう振り返ったが、出だしのつまづきをモノともせず、勝利を挙げたことは、決して夢ではなく現実である。
第2次世界大戦以後の近代のPGAツアーにおいて、20歳1か月17日で挙げたキムのこの優勝は、ジョーダン・スピースに次ぐ最年少優勝となった。
スペシャル・テンポラリー・メンバーゆえ、今大会で優勝して正式メンバーに格上げされない限り、来週から始まるプレーオフ・シリーズに進むことはできないという状況下、キムは、たった1つしかないその狭き門を見事にくぐり抜けた。初優勝のタイトル、PGAツアーの正式なメンバー資格、そしてプレーオフ・シリーズへの出場資格。いろんなものを一度に手に入れたキムは「ここで勝ったことを僕は生涯忘れない」と言い切った。
彼はソウルで生まれたが、中国、タイ、オーストラリア、フィリピンなど、いろいろな国々で育ったそうだ。自ずと語学も堪能になり、韓国語、英語、タガログ語を自在に操るトライリンガルだ。
子ども時代に世界各国を「流浪」したせいか、異なる環境、新たな環境へ順応するワザを自然に身に付けてきた。そして次々に生活環境が変わっていった中で、彼がずっと大切にしてきたのは「きかんしゃトーマス」のグッズだそうで、「ランチボックスも、おもちゃも、ほぼすべて持っている」という熱狂ぶりだ。
そのため、キムにはトーマスから取った「トム」がニックネームとして付けられ、周囲の人々は彼のことを「ジュン・“トム”・キム」と呼ぶのだそうだ。機関車のように、けたたましい音を立てながら快走してきたキムは、早々に初優勝を挙げ、PGAツアーの正式メンバーとなり、来週からはプレーオフ3試合へ挑み、そして来季はフルシード選手として戦うことになる。
「このPGAツアーでフルタイムでプレーできる日を僕はずっと夢見てきた」
グレッグ・ノーマンが創設したリブゴルフの出現により、昨今のゴルフ界は大揺れし、混沌としている。だが、若者たちから「ここでフルタイムで戦うことをずっと夢見てきた」と言われるのは、PGAツアーであって、リブゴルフではない。
そして、PGAツアーに憧れながらプロになったキムのような選手は、現在のPGAツアーにとっては喉から手が出るほど欲しい存在と言うことができる。正式メンバーになるより先に初優勝を挙げたキムは、どこからどう見てもシンデレラボーイ。だが、同時に彼は、PGAツアーにとっての救世主にもなり得るのかもしれない。そんな予感を感じさせられた最終日だった。
文/舩越園子(ゴルフジャーナリスト)
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