プロゴルファーの原点ともいえるのが高校時代。多くの有望選手を輩出する名門高校のゴルフ部監督は、その原点を知っている。有名プロとなった今では語られない、知られざるエピソードも数多い。高校ゴルフ部監督の回顧録をお届け。今回は夏の全国大会・団体戦男の部で6度の優勝を誇った水城高校(茨城県)を1977年の創部から休部となった2016年まで40年率いた石井貢氏(現・明秀学園日立高校ゴルフ部総監督)。「練習は試合のように、試合は練習のように」をモットーに、高校ゴルフ界の名伯楽は多くのプロを育てたことでも有名だ。(取材・文/山西英希)
■全国大会のタイトルには縁が無かったが“水城OB”の代表格
高校ゴルフの歴史に名門として一時代を築いた水城高校。個人戦、団体戦で全国優勝を果たしていない選手の中にも優秀な人材は少なくない。その代表が現在国内男子ツアーで活躍する星野陸也だ。
昨シーズンは国内男子ツアーで3勝を挙げ、賞金ランキングは自己最高の5位に入り、東京五輪にも出場した星野陸也。身長186センチとツアーでもトップクラスの大型プレイヤーだが、水城高校に入学した時点ですでに180センチを超えていた。長身と長いリーチを生かしたドライバーショットは当時から武器になっており、高校2年、高校3年時に「関東ジュニアゴルフ選手権」を連覇している。ただ、その武器のドライバーショットには、ある不満があった。
「当時、彼が悩んでいたのは、ドライバーショットの(弾道の)低さでした。どうしたら弾道が高くなるのか聞かれたこともありますが、無理に上げる必要ないと説明しました。低くい方が曲がらないですし、ランが多く出るので結果的に飛距離を稼いでいましたからね」と、無理に弾道を高くするよりも弾道が低いことのメリットを説いた。
■プロになったOBの高校時代の話を熱心に聞いていた
星野といえば、今でもスイングに対するこだわりが強いが、その気質は当時からあったようだ。「普段から黙々と練習するタイプでしたね。ゴルフに対する研究心がすごく、スイングについてもかなり勉強していました。ただ、それを他人にひけらかすようなことは一切なかったですね」。ことあるごとに、片山晋呉や宮本勝昌など、同校のOBが高校時代にどのような練習をして、それがどのような効果があったのかなど、事細かに熱心に石井氏に質問していたという。
また、勝負に対するこだわりが強く、勝つことへの執念は人一倍だった。それが顕著に表れたのが、高校2年で出場した「関東高校ゴルフ選手権冬季大会」のことだ。
星野は2日間通算2アンダーの首位タイでフィニッシュし、勝負は3人によるプレーオフにもつれた。ところが、数ホール戦ってもなかなか決着がつかず、ついには自動車のライトでグリーンを照らし始めた。さすがに競技委員も全員優勝でどうかという判断を下そうとした。
「普通の生徒は同時優勝でもいいと喜んで受け入れるんですが、陸也は最後までその申し出を受け入れなかったですね」。結局、あと1ホールだけ行うことになり、残念ながら星野は敗れてしまったが、勝負は決着をつけるものというこだわりが、25歳にしてツアー5勝の成績につながっているのではないだろうか。
■星野陸也
ほしの・りくや/1996年5月12日生まれ、茨城県出身。身長186センチ、体重76キロ。水城高校時代は全国大会のタイトルには縁が無かったが、関東ジュニア連覇の実績がある。日本大学に進学したが2年時の2016年6月に中退し、同年8月にプロ転向。17年は下部ツアーでプロ初優勝を遂げ、レギュラーツアーでも初シード獲得。18年の「フジサンケイクラシック」でツアー初優勝を遂げた。近い将来海外ツアー参戦をにらんで日々ゴルフの研究を怠らない。ツアー通算5勝。
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