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「初優勝」のハードルを越えさせたもの【舩越園子コラム】

フロリダ州の難コース、PGAナショナルで開催された「ザ・ホンダ・クラシック」は、最終日を単独首位で迎えた29歳の英国人、トミー・フリートウッドの米ツアー初優勝が期待されていた。

しかし、トロフィーを掲げたのは21歳の韓国人選手、イム・ソンジェだった。フリートウッドから3打差の5位タイで最終日をスタートしたイムもまた米ツアー初優勝を目指して戦い、見事な逆転勝利を披露。同大会最年少優勝者に輝いた。満足げな笑顔を輝かせたイム。悔しさを噛み締めたフリートウッド。勝者と敗者の表情は、あまりにも対照的だった。

欧州ツアーで5勝を挙げているフリートウッドが、なぜ米ツアーでは1勝も挙げることができないのか。それは、誰もが首を傾げる不思議現象だ。優勝争いには何度も絡んだが、惜敗ばかり。2017年「WGC-メキシコ選手権」、2018年「全米オープン」は2位に甘んじ、2019年の「アーノルド・パーマー招待」は3位タイ、「全英オープン」は2位に終わった。

今大会はブルックス・ケプカやリッキー・ファウラー(ともに米国)ら優勝候補が軒並み予選落ちを喫した姿を傍目に、フリートウッドは世界トップ15の中でただ一人、決勝へ進出。今度こそ「不思議現象」に終止符を打つべく、戦っていた。

いざ、最終日。前半をパープレーで切り抜けたフリートウッドの戦いぶりが悪かったわけではなかった。だが、追撃をかけてきたイムやマッケンジー・ヒューズ(カナダ)らの勢いに押され、フリートウッドのゴルフは徐々に乱れ始めた。

それでも13番のボギーを17番のバーディで奪い返したところまでは、なんとか持ちこたえていた。だが、72ホール目の第2打を池に落としたとき、初優勝は幻と化し、思わず目を閉じたフリートウッドの表情には落胆と悲哀が漂った。そして、フリートウッドがまたしても逃したツアー初優勝をイムは早々に手に入れてしまった。

機械のように正確なイムのパッティングには定評があり、ツアー仲間たちからは「マシーン」と呼ばれている。そのパッティングを武器に、日本ツアー、そして米ツアーの下部ツアーであるコーン・フェリー・ツアー(当時はウェブ・ドットコム・ツアー)を経由し、昨季から米ツアー参戦を開始したイム。2018年にコーン・フェリー・ツアーのプレーヤー・オブ・ザ・イヤー受賞、2019年に米ツアーのルーキー・オブ・ザ・イヤー受賞、そして今年、米ツアーのチャンピオンに輝いた彼の歩みには、今、勢いが感じられる。

ちまたではよく「初優勝は運と勢いだ」と言われる。「若い選手は怖いもの知らずだから勝てる」とも言われる。それはある意味正しく、怖さを知らないからこそ思い切って攻めていけるという面は間違いなくある。

何度も惜敗を繰り返してきたフリートウッドは「また勝ちそこなう」怖さを味わいすぎてきたからこそ、肝心の場面でその経験が邪魔をして、痛恨の一打を引き起こした。その経験が次なる恐怖、次なる惜敗につながる可能性はさらに増し、そうやって負け癖が付く。その悪癖を克服することは、怖さを知らずに初優勝を挙げることより何倍も難しくなる。そうやって沈んでいった選手たちが、これまでどれほどいたことか。

しかし、イムの勝利が、若さや勢いだけによる怖いもの知らずの疾走だったかといえば、決してそんなことはない。もちろん、追いかける身として「アグレッシブに行こうと決めていた」ことは確かだが、同時に彼は若さを超えた熟達したワザを随所で披露。そして彼は彼なりに「これまで何度も優勝争いを経験し、敗北も経験してきた。そういう経験が今日は役立った。とにかく今だけに集中しようと思ってプレーした」。

大会最年少優勝を飾った21歳の「これまでの経験」は、またしても惜敗を喫したフリートウッドの数々の苦い経験と比べれば、わずかなのかもしれない。米ツアー初優勝というハードルを越えることにおいては、イムはフリートウッドより格段に早く、そのハードルを越えて見せた。

だが、彼らが目指すべきものは、まだまだたくさんある。別のハードル、次のハードルを越えるとき、こらえてきた悔し涙がすべて報われ、うれし涙に変わることだって、きっとあるはずだ。いいことと悪いこと、いいときと悪いときは、長いキャリアにおいては、きっと均等に訪れるのだと私は思う。

「前進あるのみ。前進あるのみだ」

ようやく笑顔が戻ったフリートウッドが自身に言い聞かせるように繰り返したこの敗北の弁に、再び希望の光が差し込んだ。

文・舩越園子(ゴルフジャーナリスト)

<ゴルフ情報ALBA.Net>