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家族との思い出も「うれしくて、全てが思い通りにいった」 ファンケル初代王者・��橋勝成が振り返る25年前

<ファンケルクラシック 事前情報◇15日◇裾野カンツリー倶楽部(静岡県)>今年で25回目を迎える国内シニアツアー「ファンケルクラシック」。初代王者に輝き、2001年から3年連続優勝を果たした76歳の��橋勝成にとって、この大会は特別な思いが詰まった舞台だ。

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国内男子ツアー通算10勝、シニアツアー通算13勝を誇るレジェンドは、会場に飾られた初優勝時の写真を眺め、懐かしそうに目を細める。そこでよみがえってきたのは、栄光の記憶だけではなかった。当時5歳だった次男の勝紀君(享年8歳)は、白血病と闘っていた。治療によって一時は「治った」こともあり、初優勝を飾った大会には家族そろって応援に駆けつけてくれたという。「40年ぐらいお世話になっているペンションに連れて行って、家族みんなでこの試合を観に来てくれて。(僕は)ルンルンだから、もう、それがうれしくて、うれしくて。それで、完全優勝だった」当時の副賞だったニュージーランドへの往復航空券を使い、勝紀君の体調が落ち着いた際には家族旅行にも出かけた。「ものすごくうれしくて、何て言うのかな、全てが思い通りにいった」と振り返る表情には、家族と過ごしたかけがえのない時間への思いがにじむ。しかし、半年ほどで病気が再発。「長男の骨髄がちょうど合ったので、長男からもらって。100日もてばいいんだけど、98日目でまた再発してしまって」と、完治には至らなかった。そして2004年、勝紀君はこの世を去った。病と闘う次男を思いながら戦った日々は、その後の大会での記憶にも影を落としていた。「その時に、3回目もここで勝たないとダメだ、というのがあった。だから2、3回目(2002、2003年)大会の優勝は、あまり記憶にないのよ」。この日プロアマで一緒にラウンドしたファンケルの名誉相談役ファウンダーで大会名誉会長の池森賢二氏にも、特別な感謝がある。「(当時)いろんな話をして、サプリを持ってきてくれたり、援助をしてもらって、とてもお世話になりました。だからこそ、この大会はすごく大事にしたい。こちらの勝手な思いだけどね」。会場に飾られた25年前の写真を前に、2人が並んで記念撮影する姿も見られた。そんな思い出深い大会は、��橋にとって3試合ぶりに出場する試合になる。先月の「日本シニアオープン」後、深刻な体調不良に見舞われていたからだ。ゴルフコンペで「(球に)当たらないのよ。体がだるいし、おかしいし。やれば先っぽに当たって右にしか行かない。クラブが鉄みたいに重いし、新幹線で帰る時も、キャディバッグがやけに重たいし、足がもつれるし」と異変を感じ、帰宅後に測った体温は39度近くだった。病院では脱水状態と診断され、血液検査の炎症反応を示すCRPは12に達していた。医師から「即入院だ」と告げられたものの、「入院したら本当に病気になってしまうから嫌だ」とそれを拒否。抗生物質を服用しながら検査を続け、最終的にCRPが0.4まで下がり、復帰にこぎ着けた。長期間の脱水状態が尿路感染と発熱につながった可能性があるという。体の異変を見過ごした背景には、自ら意識してきた「鈍感力」があった。「ボーッとしているから、どこからどこまで疲れているか分からない。『こんなもんだろうな』と思っちゃう」。周囲のことに過敏にならず、ミスも深刻に受け止めずに笑い飛ばす。それが競技を続けるうえで必要だと考えてきた。「自分で『鈍感になろう』という訓練をしたことがある。ちょっとしたことで動じないように、鈍感になろうという訓練も結構やった」。だが、度が過ぎれば体が発する危険信号まで見落としてしまう。「でもそれがあまりやりすぎると、こういう病気になっちゃうんだよね。病気まで分かんなくなっちゃう」と苦笑いを浮かべる。ため込んだストレスが妻など身近な人に向かってしまうこともあったといい、「バランスが大事。あまり鈍感力がいいと思っていると大事なサインを見過ごしちゃう」と語った。そして、最後に口にしたのは、ゴルフにも人生にも通じる教訓だった。「失敗は何回もしないと分からない。失敗したことは忘れなきゃいけないし、成功したことは『なんで成功したか』を考えなきゃいけない」。今季は出場資格のある最後のシーズンで、今大会への出場も今回が最後になる予定だという。家族との思い出、仲間との縁、そして自身の体と向き合った経験。そのすべてを胸に、��橋は思い入れの深い舞台で、いま出せる精いっぱいのプレーを届ける。(文・高木彩音)

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