<Sky レディースABC杯 2日目◇30日◇ABCゴルフ倶楽部(兵庫県) ◇ 6590ヤード・パー72>
朝の練習グリーンを眺めていた時のこと。1人の選手が両打ちでボールを転がしている姿を見かけた。なんとなく珍しいなと思ってそのまま見ていたのだが、その手に握られていたパターもツアー会場では到底目にしないさらに“珍しい”ものだった。そこでラウンドを終えた後、所有者の廣瀬加奈に話を聞いた。
今ではほとんど使われることのない懐かしのキャッシュイン型で、この形状のパターはかつて青木功らも愛用するなど珍しいものではなかった。刻印された文字が消えかかったソール部分を見ると、『Acushnet(アクシネット)』と印字されているのがかろうじて読み取れる。さらに『BULLS EYE(ブルズアイ)』というモデル名も。1960〜70年代頃にプロが使用する姿も見かけたという年代物を、いったいなぜ今使用しているのだろうか?
廣瀬いわく「ミートできるポイントが狭くて、一点しかないので、インパクトのときに集中しないといけない。それがいいんですよね」というのがその理由。このパターは、わずかでもヒットする場所を間違えると、出球が右へ左へと出てしまう。最近では今田竜二が米ツアーなどで同タイプのものを使用していたこともあるが、『どこで打ってもミスが少ない』という寛容性の高さをうたう現在のパターの主流とは、完全に逆をいくものだ。
このパターに廣瀬が出会ったのが、昨年11月に自身の出身地・広島で行われたステップ・アップ・ツアー「ダイクレレディースカップ」の時だった。当時はヘッドがスコッティキャメロンの中尺パターを使用し、アームロックでプレーしていたのだが、通常の長さのものが欲しくなり、練習後に中古クラブショップにかけこんだ。そしてそこで出会ったのが、このブルズアイだった。
割と新しいパターたちから、少し離れた場所にポツンと1本だけ置かれていた見慣れないパターがやけに気になった。そして手にとって振ってみるとフィーリングもよく、「これだ!!」と即購入。価格は3000円だったというが、「ほかの選手に30万円だよ、っていうとそっちのほうが納得されます。最新のパターから、最古のパターになりました(笑)」という“骨董品”のような一品が、それ以降ずっとお気に入りだという。
「70代の方と一緒にゴルフをした時に、いろいろこのパターについて教えてもらいました。それくらいの年代の方が若かったころのものなんだなと、その時に知りました。その方は『こういうパターを使っている人を見たのはひさしぶりだ』と笑っていました」。また、女性がこのパターを買うのもかなり珍しかったようで、購入時にはショップの店員に「プロゴルファーの方ですか?って聞かれました(笑)」と“素性”もばれてしまったほどだ。
グリップも、もともとついていたものを剥がすことができないため、現在は薄手のテニスラケット用のものを自ら2週間に1度のペースで巻いている。ヘッドカバーも、今流通しているもので合うサイズがないため、巾着袋に包まれている。手がかかるぶん、愛情も増していく。
ちなみに両面で打てるが、「コースで左打ちをすることはないと思います(笑)」とのこと。両打ちはあくまでも練習メニューらしい。もともと、プロがこのT字型のパターを使用すると賞金をたくさん稼げるというのが由来で“キャッシュイン”と呼ばれるようになったこのタイプ。現在の女子ツアーで使用しているのは、おそらくただ1人のはずで、廣瀬も「ほかに使っている人は見たことがない」と笑う。その名前にあやかり、ここから多くの賞金を稼いでもらいたい。(文・間宮輝憲)
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