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マーシャルも必要ない二人だけの世界 藤田さいきが11年で身に付けた最強の武器【辻にぃ見聞】

出場者が限られる最終戦を除けば最後のトーナメントとなる「大王製紙エリエールレディス」は藤田さいきの11年ぶりの優勝で幕を閉じた。11年35日は「樋口久子 三菱電機レディス」を優勝した金田久美子に次ぐ2番目のブランク優勝だった。なぜ、きょう37歳の誕生日を迎えたベテランは、長い年月を経て勝つことができたのか。上田桃子、吉田優利らを指導するプロコーチの辻村明志氏が勝因を語る。

36歳、飛ばします 藤田さいきのドライバースイング【動画】

■好対照な3日目と最終日

シード争い、最終戦出場など様々な思いがする戦いは、3日目に首位の鈴木愛と1差2位の藤田が一気に抜けて、3位との差は6打差。完全に一騎打ちとなった。最終日もともに落とすことなく、優勝した藤田と鈴木の差は1打も、鈴木と3位との差は5打。他を寄せ付けない、二人だけの戦いとなった。この展開となったのは3日目に藤田と鈴木が7つ伸ばす猛チャージを見せたからなのだが、2人は同組。藤田の良さが出たと辻村氏はいう。

「組の雰囲気が悪かったらいいスコアは出ません。これは技術に負けず劣らず重要なことなんです。ライバル同士なのですが、ある意味“この組からビッグスコアの選手を出すぞ”といいプレーには拍手を送り、時には声をかける。そして自分のプレーも頑張る。そうやって“楽しい”空気感を作ることもスコアにはとても大事。心が明るくないといいスコアがでませんから」

その言葉通り、3日目のラウンドを終えて藤田が「一緒に回っていた鈴木愛ちゃんが良いゴルフをしていて、私も気持ちよくイメージ良くゴルフができました。ほんとに彼女が良いゴルフをしていたので、つられて良いゴルフになっているのかな、という感覚しかない」と言えば、鈴木も「プレーはいつも早くて、リズムもいいですし、ショット、パットもすごい歯切れが良かったので、前半に置いて行かれそうになりながらも、リズムやプレーの速度でもさいきさんに追いつくようにしていました」と笑う。

鈴木は普段は同組の選手とあまり話さないタイプだが、「さいきさんはいっぱい話しかけてくれて面白いことをしゃべってくれるので、自分も楽しく回れましたし、ナイスプレーには“ナイス!”と言ってくれるので楽しく回れていました」と相乗効果を喜んだ。

だが、そんな2人は最終日には全く違う雰囲気を作り上げた。お互い会話は最小限。優勝を目指す自分のプレーに集中する。そんな最終組を見ていた辻村氏も「最後はお互いに勝負師。いい意味でピリついた優勝争いに相応しい雰囲気でした。お互いに3日目と最終日の違いを分かっている」と称賛した。二人の作り上げる優勝争いの緊張感はギャラリーにも伝わり、終盤には誰もひと言もしゃべらず音も出さず。一瞬も見逃すまいと勝負の行方を見守った。プレーの進行を早めようとするマーシャルすら要らない、二人だけの雰囲気が出来上がった。

■この11年で藤田が変わった部分

そんな優勝争いを制してつかんだ11年ぶりの優勝だったが、辻村氏は長い年月で藤田が一番変化したと挙げたのは技術以外の部分だった。

「年齢を経たこともあると思いますが、いい意味で角が取れて様々な人といいコミュニケーションを取るようになったように感じます。そのフランクないい感じがプレーにも出ていますね。鈴木さんとのいい雰囲気も藤田さんらしさの賜物だと思います」

今以上にプレーヤー同士がライバル心むき出しだった時代。百戦錬磨の先輩たちを越えて若くして実績を積み上げていくには、負けん気を表に出す必要があるときもあったはず。それらが周囲の変化とともに藤田自身もいいかたちにそぎ落とされていった。「これだけの実績があれば高飛車になりそうですが、そういった部分がない。みんなに対してフラットに笑顔で接しています」。

フランクさはゴルフにつながる。うまい選手を見つければ年齢は関係ない。いや、同性だけでなく男子プロと会う機会があればここぞとばかりにアドバイスを求める。選手だけでなく、関係者はおろかゴルフ界にとどまらず上手くなるためには色々な人に意見を求めていく。「今は前よりもゴルフが楽しそうに見えます」。コミュニケーション能力の高さ、そしてレベルアップへの貪欲さがこの11年で身に付けた最強の武器だ。

自身の成長以外にも、愛される人柄は力になった。優勝の瞬間は同級生の横峯さくらをはじめ、多くのプレーヤーが11年ぶりの歓喜を見守った。選手たちだけではない。家族ぐるみで親交があるという酒井美紀の父は組について夫・和晃さんとともに応援した。原英莉花の母も駆け付けた。涙を流す関係者も少なくなかった。多くの人に応援される。人柄は大いなる強さとなった。

ちなみに優勝会見では『気遣いや優しさは勝負強さにつながらないこともあるのでは?』という質問が飛んだ。これに対する答えは簡単だった。

「これが私。変えるつもりはないです」

■藤田さいきが飛ぶ理由

藤田のスタッツを見てみると特に目立っているのがドライビングディスタンス。36歳ながらも249.91ヤードで8位を誇る。その飛距離は上田桃子にして「さいきさんは元気で体が強い!」というように体格が恵まれていることもあるが、クラブをうまく使うことも飛ばすうえで欠かせない。藤田は飛距離アップについて聞かれた際に「クラブに100パーセント仕事をさせることは、効率よく飛距離を伸ばすために大切なこと」と言っている。辻村氏がそのスイングを解説する。

「藤田さんのスイングはしっかりとヘッドが出る。最小の力感で最大のスピードを出せるのは腕のしなやかさがあるから。ヒジとリストが本当に硬くならないんです。手元は最短で動き、ヘッドは最大で動く。だから飛ぶんです」

今大会のドライビングディスタンス計測ホールとなった17番は打ち下ろしがあるとはいえ、3日目には300ヤード超え(303ヤード)を記録。4日間平均で292.75ヤード。また、パー5をパー4とした難関5番ホール(450ヤード)でも3日目、最終日にバーディ。アドバンテージを生かしてスコアを伸ばしたことも、優勝には欠かせないピースだった。

解説・辻村明志(つじむら・はるゆき)/1975年9月27日生まれ、福岡県出身。ツアープレーヤーとしてチャレンジツアー最高位2位などの成績を残し、2001年のアジアツアーQTでは3位に入り、翌年のアジアツアーにフル参戦した。転身後はツアー帯同コーチとして上田桃子、吉田優利などを指導。様々な女子プロのスイングの特徴を分析し、コーチングに活かしている。著書『女子プロと一緒に上手くなる!vol・2・チーム辻村』が発売中。プロゴルファーの辻村明須香は実妹。ツアー会場の愛称は“おにぃ”。

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