ゴルフクラブの性能や特性といったスペックは、各メーカーから新製品が出ると同時に、多くのクラブ専門家がSNSやテレビ、雑誌などで解説する。新製品の使用感は選手が答え、クラブの特性を踏まえてプレーヤーにクラブ選びのアドバイスをするのはインストラクターやクラブプロ。今更ながらクラブフィッティングの有効性は強く強調したいし、近年のクラブの進化も驚くべきものがある。
そんなか、スペックには表れない“クラブへの向き合い方”を教えてくれるツアープロが、今年の全米プロ選手権で優勝した。イギリスのアーロン・ライだ。

ライのことを最初に知ったのは2020年ごろ。ライがDPワールドツアー(欧州ツアー)「アバディーンスタンダード・スコットランドオープン」で優勝したことにより報道が増えたことで目に止まった。両手にグローブをつけてプレーするスタイルは何より目を引くが、それよりも筆者が気になったのは、アイアンにまでヘッドカバーを付けていることだった。アマチュアでアイアンにヘッドカバーをつけるゴルファーには何度も出会ったことがあるが、プロゴルファーはライが初めてだった。クラブを大切にするアマチュアゴルファーが、プレー中に番手の取り違いを防ぐために使うというのが大半の理由だが、ライはれっきとしたツアープロ。メーカーにお願いすればすぐにクラブを新調することができる立場だ。


イギリス出身選手で欧州ツアーを主戦場にしているライに取材するチャンスは多くなかったが、最初に会話したのは2021年の「全米プロ」だったと記憶している。この年の全米プロを制したミケルソンも大雨の時には両手にグローブをすることがあったのだが、ライは常に両手グローブ。練習日、アイアンにヘッドカバーをする理由を尋ねてみた。

「小さな頃から父に『道具は大切に使いなさい』と教えられてきたので、今でもアイアンにヘッドカバーをしています。小さい頃、練習から戻ると父が全てのクラブをきれいに拭いて、オイルまで塗って保管してくれてました。そんな教えを受けて育ちましたから、今でもクラブは大切にしています」

翌年の2022年「スコットランドオープン」へ取材に行った際には、ライを育てた父・アムリク・シンさんにも会うことができた。パッティングにグリーンに置かれたライのスタンドバッグの横に佇むインド系の男性。間違いないと思って声をかけてみると、やはり父本人。ライの話した内容を確かめてみると、「その通り!」と内容を認めてくれた。

「アーロンが小さい頃、家族はそんなに裕福ではなかったから、道具は大切にしなさい、大切にするのはクラブだけじゃない、あらゆるものは大切にしなさいと教えてきました」
と話してくれた。ちなみに、同じ試合に出場していた日本の星野陸也も実は“アイアンにヘッドカバーを被せる派“で、星野に「ライもアイアンカバーを使ってますよ」と尋ねてみると、同じDPワールドツアーでプレーした仲とあって、星野とライは親友でもあったのだ。星野は日本でも有数のクラブオタクとして知られているので、もちろんライがアイアンのヘッドカバーを使っていることは知っていた。取材の点と点がつながった瞬間だった。
今年の全米プロでメジャーを制したライは、一気にスターダムを駆け上がった。全米プロに関しては終身出場権を獲得。マスターズ、全米オープン、全英オープンにも5年のシード権を得た。来年のライダーカップ出場にも大きく近づき、将来的には欧州チームのキャプテンの選考対象にもなる。世界ランクも上位20位以内にまで上昇し、DPワールドツアーのランキングもトップ10に位置する。今は金銭的に全く困ることはないであろうライだが、それでもスタンスは変えない。ドライバーだって、今から約8年前にツアーに登場したモデル「テーラーメイド・M6」を使っている。もちろん、8年前から同じヘッドを変えずに使っているわけではないが、同じモデルのスペアをいくつも持ち、試合で使い続けているのだ。
メジャーチャンプになったライに、この8月の「BMW選手権」でクラブの扱いに対する考え方を尋ねてみた。


「物理的理由としては、長距離移動の途中、クラブどうしがキャディーバッグの中でぶつかり傷つくことを防ぐためにアイアンにもヘッドカバーを被せています。クラブのどこに、どのように傷が入るのかは未知数で、フェースが傷付けば弾道やスピンに影響が出てくる。各クラブのフィッティングにはかなり時間をかけているので、性能が変わるのはとても困るんですよ。アイアンのヘッドカバーを付けている機能面での理由は、こういうことが気になるからです」
「一方で精神面からの理由もあります。やはり子供の頃、クラブはとても高価なもの、という印象を持っていたので、大切にすべしという父の教えもあって、それが今でも続いているんです」
クラブを変えないというライでも、ウェッジは消耗品。練習量の多いツアープロのウェッジは溝(グルーヴ)がすり減ってしまうので1〜2ヶ月に一度は新しいものに変えなければいけない。ローリー・マキロイなどは1試合毎に替えているとさえ言われている。しかし、ウェッジ以外のクラブは傷つかないようにして、長く使えるようにする。その一つが、アイアンのヘッドカバーなのだ。
道具に対する父の教えは、メジャーチャンプになった今もライの心に残る。そこで、これからライのようなゴルフファーを目指すジュニアゴルファーに、ライからどのような教えがあるのかを尋ねてみた。
「ゴルフというのはお金のかかるスポーツですが、同時に他者への思いやりや規律、マナーといったことも同時に学べるスポーツです。ゴルフの腕前がどうであれ、自分が使う道具や持ち物を大切にすることを第一歩とすることで、相手への尊敬の念、そして忍耐力や自制心が学べるんです。これはゴルフに限ったことではないかも知れませんが、生きていく上で学ぶべき大切なことだと思います」
衝動的にクラブを放り投げたり、地面に叩きつけたるするプロも多い中、ライの物腰は非常に柔らかい。理路整然とした話し方も相まって、ジェントルマン然としているのに、なんとも話しやすい。プレーだけでなく、ライの考えや態度こそ、メジャーチャンプとして全ゴルファーにお手本にしていただきたい。
1990年代からアメリカでゴルフの取材を始め、現在も年間で約30試合の現場に足を運ぶ。 本業はフォトグラファーであり、共同通信の依頼で米ツアーを撮影する傍ら、日本の専門媒体へ記事と写真を提供。 通称“JJタナベ”として親しまれ、選手インタビューから用具、コース運営まで取材対象はゴルフ業界全般に渡る。